戦国/晩節を汚す

2010.02.11 Thursday 22:22
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    人間誰しも老いが来る。これは誰しもが避けられない事実だ。

    老いと共に心身の衰えと、呆けや病気の恐れがやってくるわけだが、人格や行いが変わってしまうというのもある。
    勿論、戦国時代に名将と呼ばれた武将達についても同様だ。

    今回は、華々しい活躍をあげて名将と呼ばれたが、老いてから晩節を汚してしまった者の一例を紹介してみたい。


    こたび取り上げるは、豊臣秀吉と長宗我部元親・・・。

    (両将のファンの方は、以下の文章は読み飛ばしてください。)


    <豊臣秀吉の場合>

    信長の家臣、木下藤吉郎という名の下級武士からスタートし、重臣となって羽柴秀吉、天下人となって豊臣秀吉と名を変えた秀吉だが、ジャパンドリームを掴んだ彼の出世物語は人気が高いようだ。主信長の死に際し、宿敵毛利家との間で速やかに和約を取り、当時としては神業的なスピードで京都へ行軍して明智光秀を討伐。ライバル柴田勝家を北陸に滅ぼした上で信長の孫を傀儡に担ぎ上げて実質的な織田家の支配者に一気に成り上がるところは正に彼の真骨頂だ。その後も四国の雄の長宗我部氏、九州の雄の島津氏を蹴散らし、小田原城に篭って抵抗する北条氏を滅ぼし、信長も成れなかった天下人になった。

     

    念願の天下統一となった訳で、ゲームならWINで終了のはずである。

    本来なら日本中の戦場に駆り出された民兵たちもやっと家族の待つ家に戻って貧しくとも幸せな生活が待っているはずだったが、老いた太閤にはそんな発想はなかったようだ。

     

    家臣に与える領地が無いと朝鮮に強引に侵略戦争を引き起こし、全国の大名達を朝鮮に送り込んだのである。(文禄の役、慶長の役)

    多くの人が異国の地で戦死や病死をし、多額の戦費が発生して各国の財政を苦しめた。

    その為、秀吉に憤りや恨みを感じて、関が原の合戦で徳川方に付いた者も多かったろう。

    天下統一した豊臣家が実質的に秀吉の一代で滅亡した一因はこれもあるのではないか。

     

    あれほどのめりこんだ千利休にも従わなければ死を与え、念願の子供(秀頼)が出来ると、養子に迎えて関白職を与えていた豊臣秀次とその妻子達を徹底的に抹殺した。秀次の行いに問題があったからとしたが、罪も無いはずの妻や次女達、女という女を皆殺しにしていることから、自分の実子可愛さに秀吉が血迷って濡れ衣をでっち上げたことは明白だ。

    五奉行職、五大老職などを作り諸大名を要職に就けたが、結局、長期政権の磐石な基盤を作ることは出来ず、後に豊臣秀頼を滅ぼす徳川家康に後事を託すしかないというのは天下統一した英雄の終焉としては、あまりにお粗末な終わり方だった。

    一説には秀頼は秀吉の実子ではなく、淀君の浮気相手の子供とも言われる。それが本当ならば更に哀れとしか言えない名将ではないか。

     

    <長宗我部元親の場合>

    長宗我部元親は四国土佐(高知県)の戦国大名である。子供の頃はひ弱く姫若子と囁かれたが、父国親が無念の死を迎え、家を継いでからは一両具足と呼ばれる半農半兵の民兵を従えて破竹の活躍をし、土佐統一、そして念願の四国統一を成し遂げた。吉良親貞、香宗我部親泰といった有能な弟達の存在も大きかったが、元親自身の統率力の高さを物語っているだろう。地味な彼だが根強いファンがいる所以だ。

    しかし、まもなく前述の秀吉の大軍に攻め込まれ、奮戦したものの折角攻め取った領国(讃岐、阿波、伊予)は奪い取られ、土佐一国しか残してもらえなかった。

    それからは秀吉配下の大名になってしまったわけだが、秀吉から九州の島津氏攻めに参加するように命じられ、秀吉の配下で軍監の仙石秀久、元親のライバルだった讃岐の十河存保らと遠征をすることになる。この戸次川の戦いで愚将秀久の暴走から島津氏オハコの釣り野伏せの策に引っ掛かり、存保と元親の嫡男信親らが戦死してしまう。(秀久は元親らを放置して真っ先に自らの領国讃岐まで逃亡したため秀吉に改易された。)

    可愛がっていた長男を失った失意の思いから、元親は急速に老いが進みおかしくなる・・。

    自身の四男の盛親に執着して溺愛し、強引に世子とすると共に、野心家の家臣(久武親直)を重用して好きにさせる。

    親族・重臣達は揃って不満を述べ、家督は兄弟の序列に沿って次男或いは三男に与えるべきと意見したが、元親は激怒して弟親貞の子(吉良親実)や従兄弟(比江山親興)ら有力親族に切腹を命じた上で、寺に逃げ込んでいた彼らの妻子を殺害。更に彼らの親族、縁者、家臣などを次々と皆殺しにしていった。

    次男の親和は父親の狂気に怯えて自殺(元親による毒殺説もある)。更に元親は三男親忠を幽閉してしまう。

    こうして、四国統一の名将だった元親は一転して残忍なる鬼畜に成り下がったわけだ。

     

    彼の死後、家を継いだ盛親も狂気の血を継いでいたのか、関が原の戦いの後、以前から幽閉されていた兄親忠を殺害したために家康から土佐の国すらも没収されてしまい、大名家としての長宗我部氏は滅んでしまう。その後、盛親は大阪夏の陣に参戦したものの敗れて4人の男児と共に打ち首、三条河原に晒し首となる。長宗我部氏嫡流は血統も完全に絶えてしまうのであった。

     

    老いた元親の行いは、結局、長宗我部家そのものを滅亡させることになってしまった。失意の末とはいえ、やはり哀れな名将であった。

     

    秀吉、元親ファンの方々には大変な非礼をお詫びします。

    元親については、秀吉に一生をかけて成した四国統一の覇業を奪われた上に、溺愛していた嫡男の死、妻の死が続けて訪れた為に精神を病んでしまったのではと思います。

    私も昔は好きな武将だったのですが、悲しいことですね。

    ちなみに漫画「焼きたて!!ジャぱん」にて土佐から「長宗我部真」という人物が登場するのには笑ってしまいました。
    (直ぐに負けちゃうんですけどね。)

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    戦国武将はお好き?

    2010.01.23 Saturday 11:55
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      2007さんの「ハイジの寝言」の過去の記事に名作劇場のキャラを戦国武将に当てはめたものがあり、大変面白く読ませて頂いたのですが、名劇ファンの方々の中で戦国武将が好きな方ってどれくらいいらっしゃるんでしょうね。

      http://heidi2024.blog108.fc2.com/blog-entry-751.html

      (スターリングの蠣崎李広って大笑いしました。)

       

      私もこの手のネタをどんどん書いてみたいのですが、皆さんに冷めた目で睨まれるのが怖くて中々書けないんですよね(笑)。皆さん、誰が好きですか?

      人気の高い定番は、やはり武田晴信(信玄)、上杉謙信、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、伊達政宗、真田信繁(幸村)といったところだと思います。

      明智光秀、石田三成、加藤清正、黒田孝高(官兵衛)などが良いという人もいるでしょう。

      ゲームや漫画の関係で、長宗我部元親とか前田利益(慶次)らを推す方や、斎藤道三、松永久秀、宇喜多直家といった下克上や暗殺好きを推す方もいらっしゃるでしょう。

      逆に、大内義隆、一条兼定などの所謂ヘタレ組が好きな方もいるかもしれませんし、マイナー好きでしたら、畠山義綱、山名豊國、別所長治、相良義陽、三村家親・・・とか?

      アンケート取ってみたいけど、流石にHPに設けるわけにもいかず。
      ちなみに私は、ヘタレ組やマイナー組が大好きです!(笑)。

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      世が戦国時代の世なら

      2010.01.14 Thursday 00:20
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        近年、書店の歴史書のコーナーに綺麗な青年武将や美少女姫のイラストが描かれた本が目立つようになった。
        地味な彩りの歴史考証本や歴史辞典、時代小説などに混じって一際目立っている。

        以前は、幕末藩士ブームだったのになあと思っていたら、どうやらこの戦国ブームはゲームが発端らしい。
        非常に格好良く描かれた武将達に魅せられ、若い女性も武将や城に興味を持ちだし、お目当ての武将の本やグッズを買ったり、城跡を訪れたりしているそうだ。
        残念ながら、アイドル感覚で追っかけているだけなら、ブームの期間は短いのではないかとも思うが、この世界は元々若い人参加が少なかった分野であったので、私の地元の城郭同好会の代表の方も、是非もっと興味を持ってほしいと述べられていた。
        イラストで好きになるのは良いが、もっとのめり込んで、好きになった武将の生まれから没するまでの活動を、まずは小説や地元の歴史書などで調べ、更には系譜(家系図)で血の繋がりを調べ、任地の城跡や合戦場跡を訪れてみて、城の作り、今に残る地名や古い町並み、祭りや焼き物などに残る文化なども堪能してほしいところだ。

        今の世が戦国時代なら、毎日をどう過ごしているだろうか?
        勿論、テレビや映画に興じることは出来ないし、現在のような綺麗な服も、丈夫な家も、便利な車もない。学校や会社には追われないが、明日には、一国一城の主かもしれないし、泥にまみれて死んでいるかもしれない。
        立ち寄った書店でふっとそんなことが頭に浮かんできた。

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